大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)4322号 判決 1969年6月24日

原告 株式会社宇田組

被告 糸田芳裕 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「大阪地方裁判所昭和四三年(リ)第六〇号配当事件につき、同裁判所が作成した配当表<省略>(別紙一)を取消し、別紙二のとおりに配当を実施する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二、被告糸田芳裕

「主文と同旨」の判決

三、被告有限会社甲斐田鉄工所

適式の呼出を受けたのに、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

第二、請求原因

一、被告糸田は、訴外債務者大統工業株式会社(以下訴外債務会社という)に対して有する小切手金六一二、五〇〇円の請求債権について、同訴外債務会社の訴外株式会社小松製作所(以下訴外第三債務会社という)に対して有する債権に対して仮差押決定を得、同決定は昭和四二年六月一五日に訴外第三債務会社に送達され、更に昭和四三年二月八日右請求債権についての債務名義(判決の執行力ある正本)に基づき差押、転付命令を受け、右決定は翌九日に訴外第三債務会社に送達された。

二、原告は、訴外債務会社に対して有する約束手形金七一四、六〇〇円の請求債権について、訴外債務会社の訴外第三債務会社に対して有する債権に対して仮差押決定を得、同決定は昭和四二年七月二九日に訴外第三債務会社に送達され、更に昭和四三年一月一〇日右請求債権についての債務名義(判決の執行力ある正本)に基づき差押、取立命令を受け、右決定は翌一一日訴外第三債務会社に送達された。

なお原告は、昭和四三年一月一九日訴外債務会社に対して有する次の債権を請求債権として、右差押債権に対して配当要求をなし、同月二一日訴外第三債務会社に右配当要求のあつた旨の通知がなされた。

(イ)  金五〇〇、〇〇〇円の小切手金元金債権

(ロ)  金二〇〇、〇〇〇円の約束手形金債権

(ハ)  金二、〇〇〇、〇〇〇円の貸付金債権およびこれに対する利息債権(金五九、九三三円)と遅延損害債権(金二四四、三六〇円)。これについては公正証書が存在する。

三、しかるところ、訴外債務会社は訴外第三債務会社に対して有する債権一切を被告有限会社甲斐田鉄工所(以下被告会社という)に譲渡し、右譲渡通知は訴外第三債務会社に昭和四二年六月一五日および同月二七日付の内容証明郵便によつてなされた。

四、訴外第三債務会社は昭和四三年三月二五日訴外債務会社に支払うべき買掛金債務八一八、六五八円について前記一および二の差押の競合および配当要求のあることを原因として民事訴訟法六二一条により供託をなし同年五月二〇日大阪地方裁判所に事情届をなした結果、同裁判所に昭和四三年(リ)第六〇号配当手続事件として係属し、同裁判所は右配当手続事件における配当表として別紙一記載の配当表を作成したので、原告は配当期日において被告らの配当額について異議申立をした。

五、裁判所の作成した別紙一記載の配当表は、次の点で不当である。すなわち右配当表は、訴外債務会社の被告会社に対する債権譲渡が有効なことを前提とし、その後になした原告の差押および配当要求の効力を認めていない。しかしながら債権譲渡人である訴外債務会社と債権譲受人である被告会社の代表取締役は、当時いずれも間瀬次夫であつたのであるから、右債権譲渡は双方代理行為として民法一〇八条により無効であり、また右債権譲渡については訴外債務会社の取締役会の承認が得られていないので商法二六五条により無効である。そして被告糸田の得た転付命令は原告が差押、取立命令および配当要求をなした後になされたものであるから無効である。従つて配当にあたつては、原告と被告糸田とはその有する各債権について、その額に按分した額をそれぞれ配当金額として別紙二の記載のとおりに従つた配当が実施されるべきである。

六、そこで原告は、裁判所の作成した別紙一の配当表を取消し、別紙二記載のとおりの配当の実施を求めるため本訴請求に及んだ。

第三、被告糸田の答弁と主張等

(本案前の主張)

原告は当事者適格を有しない。すなわち、原告の仮差押に続く差押および配当要求はいずれも差押債権が他に譲渡された後になされたものであることは原告の自陳しているところであり、従つて右差押および配当要求はその効力を生ぜず無効のものである。配当異議訴訟の当事者は配当表上の債権者たるべきこととされているが、原告はたまたま訴外第三債務会社が供託をなした際、事情届に債権者として表示したことにより、配当表にも債権者と記載されたに過ぎない者であつて、真に配当を受け得ない原告は本訴における訴の利益を欠き訴訟当事者適格がないというべきである。

(本案に対する答弁と反論等)

一、請求原因事実中、一、三、四項の事実はいずれも認める。同二項の事実は不知。同五項の事実中訴外債務会社と被告会社の各代表取締役が、当時いずれも間瀬次夫であつたことは認めるが、債権譲渡について訴外債務会社の取締役会の承認が得られていない点については不知。原告の、債権譲渡が無効である旨の主張は争う。

二、原告主張の債権譲渡の如き場合は民法一〇八条の双方代理に当らず、また原告主張のように仮に債権譲渡について訴外債務会社の取締役会の承認がなかつたとしても、そのことは取締役が任務懈怠による損害賠償義務を負うに過ぎず、債権譲渡が無効となるものではない。仮に無効説の立場をとるとしても、商法二六五条の立法趣旨は会社の利益保護を主たる狙いとし、会社と取締役間の利益調整を計る点にあるのであるから、当該会社以外の第三者が取締役会の承認のないことを援用して無効の主張をすることはできない。なお訴外債務会社の現在の取締役はいずれも債権譲渡を承認していることからも原告の主張は理由がないし、更に原告の代表者松本利朗は被告会社の取締役であり、事実上の主宰者であつて、本件債権譲渡も右松本の指示により行われたものであるから、原告が取締役会の決議のないことを理由にその無効を主張することは信義則に反し、許されるべきでない。

三、原告が訴外債務会社に対して有すると称している債権はすべて無効である。原告は訴外債務会社に対し手形、小切手、公正証書或は判決を得ているが、これらはすべて騙取したものであり、同会社との間には何ら債権関係は存在しない。

理由

一、先ず、被告の、原告は原告適格を有しない旨の主張について判断する。

債権者が債務者の有する債権に対して仮差押執行後、債務者が右債権を他に譲渡し、その対抗要件を具備した場合には、右仮差押がそのまま本差押となつたときでも、その効力の利益を受ける者は依然仮差押債権者のみにとどまり、その利益は、債権譲渡後になした差押または配当要求権者におよぶものではない(最高裁昭和三九年九月二九日集一八巻七号一五四一頁参照)。

原告の主張するところによれば、原告が訴外債務会社の訴外第三債務会社に対して有する債権に対してなした債権差押および配当要求は、被告糸田が同債権に対して仮差押執行し、次いで訴外債務会社が被告会社に債権譲渡をなし、その旨訴外第三債務会社に通知をなした後になされたものであることが明らかであるから、原告は前記自己のなした差押および配当要求の効力を主張することはできないといわざるを得ない。

ところで、かかる場合において、第三債務会社が民訴法六二一条によりその債務額を供託し、その事情を届出した場合、執行裁判所として如何なる取扱をなすべきかが問題となる。

民事訴訟法六二一条の供託の要件を厳格に解するなら、本件の場合債権者の競合していないことを理由に供託による事情届を違法なものとして不受理決定をするといつた取扱も考えられないではない。しかし、同条の立法趣旨が、第三債務者をして真の権利者ないし優先権者を探知判断すべき負担を除くと共に、二重払の危険を脱せしめるために設けられた点にあることを考えると、本件のように仮差押の効力に関連して原告のなした差押および配当要求の効力が問題とされるような場合には右不受理決定はなすべきではなく、執行裁判所において爾後の手続を進めるのが妥当と思料する。そして執行裁判所の爾後の処理をどうするかについて、或は原告の差押および配当要求の効力が生じていないことを理由に、民訴法に定める配当手続をしないで、直ちに被告糸田に差押金額相当の金員を交付し、残金は剰余金として債権譲受人である被告会社に交付するため法務局宛の支払委託書および右被告両名に対して支払証明書を作成してこれを交付する方法をとるか、或は民事訴訟法に定める配当手続を履践の上別紙一のような配当表を作成し、配当期日を開くかの問題は残るが、後者の手続に従つて処理された以上、原告は配当期日において異議を述べ、更には異議訴訟を提起する適格を有するものと解するを相当とする。

蓋し、配当異議訴訟は配当手続上の理由に基づく異議のみならず、執行裁判所が実体的判断に立ち入らず、外観的権利関係に基づいて作成した配当表を実体的権利関係を理由に真実に合致した配当表に是正するためにも認められた訴であり、また配当手続が実施された場合に、配当期日において異議を述べなかつた債権者が後日右配当表に誤りがあつたことを主張して不当利得返還の請求ができるか否かについては民事訴訟法六三〇条ないし六三四条の解釈をめぐつて対立した見解が存し、この点は執行裁判所の前記取扱によつて配当手続が実施された場合も同様と解せられるところ、右配当期日において異議を述べ、続いて異議訴訟を提起することが認められず、しかも右異議を述べていないために後日不当利得返還請求もなし得ないということになると、その債権者は結局救済手段が得られないことになつて不当だからである。

二、次に原告の主張について考慮するに、原告は、訴外債務会社の被告会社に対する債権譲渡は双方代理行為によるものであるから民法一〇八条により無効であり、また右債権譲渡については訴外債務会社の取締役会の承認を得ていないから商法二六五条により無効であると主張する。しかし右両法条は、いずれも当該行為によつて害されることのある本人の利益保護を主たる目的として設けられたものであるから、本人以外の第三者がその事実を援用してその無効を主張することは特段の事情の認められない限り許されないと解するを相当とする。

原告の主張によれば、原告は前記債権譲渡と直接の法律関係があるものではなく、右債権譲渡によつて、原告主張の配当手続で配当の利益を受け得ないという事実上の不利益を受ける者に過ぎないことは明らかであるから、原告が前記事実を援用して債権譲渡の無効の主張をすることは許されないといわざるを得ない。

そうすると、右主張を前提とし、配当表の変更を求める本訴請求は、爾余について判断をするまでもなく、主張自体理由がないことが明らかである。

よつて原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 出嵜正清)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例